ずっと独り身でいることの問題点→死んだときに誰にも発見されない
気づけばアラサーになり、これといって浮いた話もなく一生独身を貫きそうな気さえしているこの頃です。
はっきり言って今は結婚願望はありません。
理由は金銭的な問題、一人でいて楽しい、山で暮らしたい願望がある、家庭環境が悪かったので結婚生活自体に良いイメージを持ってないなど色々と重なって今の独身主義の私が出来上がってしまった。
でもこれも時間が経過し、環境や人間関係が変わればまたコロッと考え方が変わるのかもしれない。
若い頃は結婚はするものだし、なんなら早ければ早い方がいいと思っていた。
30代とかで結婚していない人=結婚できない人だとも思っていた。
その頃の私には、今の結婚願望がない自分なんて想像できなかったことでしょう。
話の本題に入りますが、最近この先の人生を考えるようになり、このまま一人で暮らすのはいいが、その先はどうなるんだ?ということをよく考えます。
その先のその先のその先を考えると、『死』というものに辿り着きます。
このブログでも度々書いているのですが、私は山暮らしに憧れている。
山とまではいかなくても、ド田舎とか里山とかそのくらいでもいい。
とにかく、自然の中でゆったりと一人で生活したいと思っています。
それが至福だなと。
しかしそうなると現在の便利な生活は手放さないといけないし、人が少ない分死ぬ危険性と、死んでも気づかれない可能性も高くなってくるということを考える。
例えば、熊に遭遇して襲われたとか、不注意で火事を起こしてしまったとか、作業中に頭を打つとか、予期せぬ事故とか、脳梗塞とか心臓発作とか、色んな危険があるわけですよね。
もしそうなってしまった時に、独身で更にその他の人間関係も希薄なままひっそりと生活を送っていて死んだ場合って
誰にも発見されないんだよなということに気づいてしまったのです。
独身に限らず、何事もそうなのかもしれない。
例えば登山とか、海外旅行とか、海とか、やっぱり一人でいると、何かあった時に誰も発見してくれる人がいないという・・・。
そういうのって今まで全然考えなかったなと。
むしろ、若い頃は私は一人で行動ができない人で、そんな自分を情けなく感じていた。
一人で行動できることは素晴らしいと思い込んでいたのだけど、それはそれで問題なのだなと今頃気が付く。
かといって、それが理由で「じゃあ結婚しよう!」ともならないんですけどね。
死体が腐りかけてからとか白骨化してから発見とかでもまぁいいんじゃないかとも思うけど、それだと片付ける人に迷惑だし、いざ死ぬ間際になったら「こんな死に方は惨すぎる‼嫌だ助けてくれ」とか思うのかもしれない。
とまぁ、この問題はこれから考えていこうと思う。
テクノロジーの発展とかで独り身でも死亡が確認できるサービスとかできるかもしれないし・・。